ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

(2011年 / アメリカ)

突然、理不尽に大切な人を失った悲しみ――9.11の事故により、オスカーの最愛の父の命は奪われてしまう。やがて彼は、父の残した言葉に従い、一本の鍵の穴を探す旅に出る。ニューヨーク中を訪ね歩く中で謎の老人が同行者となり、いつしかオスカーの辿った軌跡は、人と人とをつなぐ大きく温かい輪になっていく――。

歴史的惨劇を食い物にするべきか

9.11の同時多発テロで破壊されたワールドトレードセンタービルの跡地は、現在アメリカ・ニューヨーク市を代表する観光地「9/11メモリアル」となっており、距離的に近くにある自由の女神を見てから訪れるケースが多いようです。かくいう僕もニューヨークを観光で訪れた時に足を運びました。ガイドブックには完全予約制でウェブサイトから申し込まないと入場できないと書いてありましたがそんなことはなく、近くにある記念館でチケットを買い、館内で犠牲者の遺品や事故当時の写真など(日本の千羽鶴が展示してあったのが印象的)を見学してからメモリアルサイトへ。厳重なセキュリティチェックにより行列は長くなりなかなかスムーズに進みませんでしたが、チェックを終えると工事中の足組が数多く架けられている仮設通路を抜けてサイト内へ。そこにあったのは、かつてビルがあったと思われる2箇所に設置された、四角形にくり抜かれた広大な人工池で、その縁からは水が滝のように流れ落ちていました。

人工池の周囲に添って人が群がっています。外縁部をめぐる四方はプレートで覆われていて、そこに犠牲者の名前が刻まれているのです。9.11のテロにおける犠牲者数は3,025人とされていて、その内訳はハイジャックされた4機の旅客機の乗員・乗客が246人、アメリカ国防省で125人、世界貿易センタービルで2,602人とのこと(あくまでも確認された人数)。その犠牲者の名前すべてが刻まれているとのことで、ところどころ花が生けられていたり手紙が置かれていたりしました。おそらく、犠牲者の家族や友人、同僚、恋人などの縁者によるものでしょう。それを見て、初めは観光気分だった僕は、ここは観光客にとっては観光ルートのひとつにすぎないのだけれども、本来であれば数多くの犠牲者が眠る共同墓地のような場所であり、犠牲者の関係者にとっては二度と戻ってこない死者を弔う場所であることに気が付きました。それまでフェイスブックに載せるための写真を撮りまくっていた自分自身が途端に恥ずかしくなってきました。

ところで、別に9.11に限りませんが、脚本を練る上で、実際にあった衝撃的な出来事を持ちだして観客に事態の深刻さと身近で起きた危機を追体験させることはよくあります。わかりやすい例が戦争で、人がたくさん死ぬのを見たから(見せたから)反戦平和の大切さを伝えやすくするというようなものです。オリジナルで深い心理描写を描けない創造性に欠けた脚本家ほどこの手法を使いたがるようで、実話を引き合いに出した時点ですでにネタバレしてしまったり、事実が強烈すぎるためにそれまでのシーンが安っぽい陳腐なものに見えてしまったりと目も当てられない展開に陥りがちです。だって、物語の終盤あたりで突然何の脈絡もなく「僕の恋人は9.11のテロで死んだんだ」と告白されると、「おい、ここ同情するとこだぞ!」と言われている気がして興醒めしないほうが無理というものだからです。

そんなわけで、この映画は9.11で父親が死んだことがトラウマになってしまう少年オスカーが主人公なのですが、観ているうちに父親の死は9.11が原因である必然性はないと感じました。たしかに、9.11の事件になぞらえた演出はところどころ見受けられましたが、だからと言って9.11でなければいけない理由はない。とにかく、オスカーがパニックになってしまうほど衝撃的な死であれば、物語は成り立つと感じてしまうのです。というのも、怒りがない。まだ子供だからテロを起こした犯人を追求し断罪してやろうという激しい感情が湧くことは考えにくいかもしれませんが(パニックに陥ったことがそうとも言えますが)、父の敵討ちを志すのではなく父の遺言を素直に実行するのは不自然に思いました(アメリカ人の自然な発想なのかどうかはわかりません)。ラストで、オスカーがつないだ見知らぬ人同士の輪がひとつになる描写があり、そこで9.11で打ちひしがれた犠牲者の家族、ひいてはアメリカ国民を癒やす狙いがあったとは思うのですが、それすらも取って付けたように見えてしまうのでした。

もしかしたら、僕と同じではないでしょうか。9/11メモリアルに観光気分で入場し、写真を撮るだけ撮って哀悼の意すら捧げずに次の観光スポットに向かった僕のように、9.11を取り上げれば感動してもらえる人間性を認めてくれると思い込む。まさかとは思いますし、そんな意図でこの映画を制作したなんて信じたくないですが、万が一そうだとしたらこの映画が有力な賞に目されども受賞できなかった理由がわかるような気がします。


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