キンキー・ブーツ

(2005年 / イギリス)

突然の父親の死で、伝統ある家業の靴工場を継ぐことになったチャーリー。経営回復を目指すものの、優柔不断なチャーリーは八方塞がりに。そこに現れたのが、美のカリスマ、ドラッグ・クイーンのローラだった。

足元を見られる前に足元をお洒落を

キンキーブーツ

履いている靴を見ればその人がどういう人かわかるそうです。その的中率たるや90%以上とのことで、そうなるとおちおち外出していられなくなりそうで怖いですね。「足元を見る」という言葉は、相手の弱点を見つけて付け込むという意味ですが、それほど足元、つまり履いている靴はその人をズバリ言い表しているというわけです。いつもピカピカな靴を履いている人は、完璧主義者で仕事もできるけど、小さなミスでも大きく落ち込んでしまいがち。ハイヒールを好む人は、自己顕示欲が強く、存在感をアピールしたいという欲求が強い。ローヒールを好む人は、しっかりとした考えを持っていて周りに流されず、堅実で一途な一面を持っている。スニーカーを好む人は、フットワークが軽く社交的だが、配慮や先の見通しといった点に欠けるところがある。がっちりと足を包む靴を好む人は、自分の心を傷つけられたくないという不安が潜んでおり、自己防衛意識が強い。と、こんな感じです。

シャツやズボンと比べて目立たない(と思われている)からこそ、その人の日常がよく反映されているってことですね。ただ、必ずしも上に書いた通りでもなさそうです。いつもピカピカの靴を履いているにしても、務めている会社の業種によってそうさせられているだけで土日は薄汚れたスポーツシューズしか履かないという人などもいます。僕の場合は、会社に行くときも日常もスニーカーです。でも、フットワークは軽くなくむしろ非社交的、正確には引きこもりです。なので、たしかに当たっている部分は多分にあるでしょうが、単純に一般化できるものではないでしょう。そんな中で、僕が気になっているのが、外と内とで靴を履き替える人。出社してきた時はちゃんとした靴なのに、社内で仕事をしているときはクロックスやサンダルという人を結構見かけます。外と内とでメリハリ付けて仕事するためということはわかるのですが、どうもその人が裏表あるように思えてならず、つい警戒してしまいます。ちなみに、僕は社内で仕事をする時も靴は履き替えません。

さて、この映画は、高級紳士靴を製造していた工場が、経営危機により方針転換を迫られ、生き残りを懸けドラッグクイーンが履くド派手なブーツを手掛けることになるというお話。これまで完璧主義者用の靴をつくっていた工場が、突如、自己顕示欲放散のための靴を製造するようになったということで、従業員たちの間で動揺が広がるのも無理からぬこと。たとえるなら、堅実な銀行員が、いきなりキャバレーの花型踊り子に転職するようなものといったところでしょうか。伝統ある紳士靴メーカーならなおさらのことで、また年配の熟練工の多いこともあり、父の跡を継いで経営者になったチャーリーには冷たい視線が次々と突き刺さります。

ただそれでも、勤務中はピカピカのブランド革靴でばっちりキメていても、土日はかかとが磨り減ったスニーカーという人もいるわけです。というか、むしろそういう人のほうがほとんどではないでしょうか。四六時中自分の主義を貫き通すというのは信念としてとても美しいとは思いますが、傍から見ていると痛々しかったり息苦しくなってきたりします。平日は完璧主義で通しはすれど、土日はそこそこにだらけるというのが、うまい具合に緊張やストレスをほぐせるし、そのほうが人間らしいです。工場の従業員たちも、これまで別世界の住人だったドラッグクイーンのローラとの交流を通じて、心から彼らのための靴を作りたいと思うようになり、そしてそれまでの古いしがらみを弛緩させていけたからこそハッピーエンドにつながったのだと思います。

そう言えば、僕はもう何十年も同じようなスニーカーを履き続けています。「足元を見られる」ことを警戒するのではなく、「お洒落は足元から」を意識して、これまでとは別のタイプの靴を探しに行ってみようか。何かいいことが起こるかもしれない。


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