ディバイナー 戦禍に光を求めて

(2014年 / オーストラリア、アメリカ)

1915年、 第一次世界大戦中 連合国軍がオスマン帝国の首都 イスタンブールを占領するために行われた上陸作戦「ガリポリの戦い」は、13万人以上の犠牲者を出した。戦いから4年後、ジョシュア・コナーは3人の息子を探すためオーストラリアからトルコへと単身旅立つ。

国の宝をエンターテイメントにするな

ディバイナー 戦禍に光を求めて

この映画の舞台となったガリポリの戦い。たぶん日本人にはまったく馴染みがないでしょうし、僕自身も名前の響きから古代ギリシア時代の戦争のひとつかなと思ってました。ですが、本編を観てみると、第一次世界大戦なんですね。さらに、この戦いの上陸作戦が行われた4月25日は、オーストラリアとニュージーランドで「アンザック(ANZAC)・デー」と呼ばれ国民の祝日となっているほど重要な戦いであったことがわかりました。日本にもかつて奉天会戦とか日本海海戦での勝利を祝した記念日があったけど、それと同じくらい国威を発揚する意味合いを持った日でなのでしょう。ただ、ガリポリの戦いは、連合国側(オーストラリア、ニュージーランドはじめ、英仏など)の撤退に終わっています。イスタンブール攻略の要となるガリポリ半島占領を目指しますが、オスマントルコ軍の猛反撃に遭い、連合国はガリポリからのトルコ侵攻を諦めざるを得ませんでした。

さて、勝利したわけではない戦闘が行われた日がなぜ記念日となるのか。調べてみると、撤退したとはいえ戦闘によって得られたものを称えるスピリチュアルな日であることがわかりました。オーストラリアは1901年にイギリスから独立しましたが、抑圧からの独立ではなく、単に移住の結果の独立であったため、オーストラリアに住む人々の間では、オーストラリアはイギリスの一部の国であるという意識が根付いていたとのこと。そんな中、独立の13年後、第一次世界大戦が勃発。オーストラリアはイギリス連邦軍と共に戦える志願兵を国中から募り、国内での訓練を終えるとニュージーランド兵とともに中東へ派遣されました。これがANZACです。結果、ガリポリ作戦は失敗に終わりましたが、この悲劇の戦いを通してオーストラリアは完全にイギリスから独立し、ひとつの国として全国民が認識し合う国家になったと言われています。オーストラリアでは、この4月25日には全国で国家誕生を祝したイベントが行われるそうです。

ところで、この映画はいったい誰のために撮ったものなのか考えみました。オーストラリア国民(とニュージーランド国民)の愛国心を助長するため、戦争は愛する家族を引き裂く悲劇をもたらすことを訴えるため、敵味方別れても人情は通じ合うということを伝えたかったため。これらのどれもがそうかもしれませんが、正直どれもこれも中途半端で僕には何も伝わってきませんでした。ANZACデーの件はいいとして、絵に描いたようなわかりやすい動機付けで主人公のジョシュアがガリポリに向かうことや、現地でのトルコ人の美人未亡人との成就しそうでしない関係、最後のほうでケマル・アタテュルクがちょっと出てきたけど登場させた意図がわかりづらかったこと。おそらく、戦死したと伝えられた息子たちを探しに現地まで行き、彼らの足跡を追って立入禁止地区まで足を踏み入れ、トルコ人と共闘して死んだと思われた息子の手がかりを手に入れるらへんが、感動を呼ぶのでしょうけど、感動できませんでした。だったら、国策映画と言われようが「オーストラリア」を全面に出したプロパガンダ色が濃い作風にしたほうがもっと伝わりやすかったと思います。

せっかく題材はいいのに、無難にまとめて平均点を取ろうとする映画に出合うことほど残念なことはありません。


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