私がクマにキレた理由

(2007年 / アメリカ)

ステキな仕事についてエリートになるはずだったアニーは、ひょんなことからマンハッタンの超ゴージャスなセレブの家で息子の世話をする“ナニ―”として働くことに。言いたいことも言えない、プライベートもない、恋もできないそんな仕事なんて辞めてやる!

自分自身になるためにブチ切れろ

自分を変えたいときにまずやるべきこととして、大前研一氏が3つの要素を提示しています。曰く「1番目は時間配分を変える。2番目は住む場所を変える。3番目は付き合う人を変える」とのこと。時間配分を変えるとは無意味なことに費やしていた時間を有効なことに回すこと、住む場所を変えるとは自分にとって良い影響を受けられる場所に移ること、付き合う人を変えるとはなあなあの関係より刺激を与え合える人と親密になることだそうです。何よりも実際にアクションを起こしてみることが大事で、最も意味のないこととして「決意を新たにする」ことを挙げています。つまり、このままじゃいけない、俺はもっとできるはずだという天啓のようなものを受けて動き始めた瞬間、彼彼女の自己改革のうち半分は成し遂げられたのだと言いたいのでしょう。

たしかにそのとおりだと思います。ですが、正直言わせてもらうと、思いついて立ち上がったからといって、人間はそこまで単純に変われる動物ではありません。これまで気の遠くなるほどの時間をかけて到達した生物の最終進化形態である人間が、ただの思いつきだけで別の形態に生まれ変わることなどできないのです。もし本当に人間の瞬間変異が可能であれば、本屋に並んでいる自己啓発書のどれかを読んだだけで、これまでとはまったく違う自分になっている人が続出しているはずです。ですが、そもそも、よく知っている人がいきなり前日とは正反対のパーソナリティを持って登場したら、誰だって気味悪がるはずです。というのも、知人と交わす挨拶の中で最も安心できるのが「お変わりありませんね」「あなたも」なのだそうです。これにより互いの無事を確認し合うことができ、さらに深い信頼関係を築いていけると聞いたことがあります。

もちろん、自己変革は一夜にして成るものではなく、時間をかけて徐々に成し遂げていくものです。それに、人間は自然に成長していく生き物なので、野心と向上心さえ持っていれば、考え方や行動原理などは人とぶつかり合っていくうちに洗練されていくものでもあります(ここで成功する人とそうでない人が分かれる)。そうした社会でビッグな人物になっていく人というのは、自分を変えるために外国を旅しまくっただとか、自己啓発書を読みまくっただとか、人に怒られまくっただとか、屈辱にまみれ苦しみまくっただとか、さまざま過程を経てきているわけですが、究極のところ彼らが学んだことはひとつ。それは「現時点の自分自身がどういう人間なのかを知る」ということです。

この映画の主人公アニーも、そんな過程に遭遇したひとりです。大学を出ても就職が決まっておらず、ようやく面接が決まり自己紹介を求められても「私って誰だっけ?」と口をつぐむ。そんな中、ひょんなことから、とある大富豪の家でナニー(乳母)の仕事を得ることに。思ってもいなかった職業に戸惑うアニーは、冷えきった関係の雇い主夫婦に閉口しながらも、その息子と心を通わせるようになり、近所に住むハーバード大生といい関係になる。この瓢箪から駒的な展開も、アニーを掃除ロボットのようにしか見ない雇い主夫婦によって壊され、しかも監視されていたことを知り、ブチ切れる。あー、すっきりしたで終わればそれでいいのですが、こういう経験が人生において何を示唆しているのか、気づくか気づかないかでその人となりが決まります。

安っぽい例ですが、ドラクエとかのRPGで戦士だったキャラクターが魔法使いに転職すると魔法戦士になれます。転職して戦士としての力量は落ちたけど、攻撃的な魔法が使えるようになった。これが意味するところは、いままで彼は大勢の戦士の中のひとりだったのですが、魔法戦士になったことで唯一無二の存在になったということです。人は、たったひとつの職種を極めることを至上と感じる人もいれば、さまざまな技能を身につけてオンリーワンな存在になることに快を見出す人もいます。どちらも正しいことと思いますが、若い段階で自分の道を見つけた人はほんの少数で、そうでない人のほうが圧倒的に多いはずです。

結局のところ、自分自身を発見するという作業は、気になったものに手当たり次第手を付けてみて、「これじゃない! クキィィィィィィ!」とブチ切れて次のことに着手するという過程の中で見出していくものなのではないでしょうか。そういう苦しみを経てこそ唯一無二の存在に近づけるのであり、自分自身に対する怒りから覚めた瞬間、新たな光明が差してくるのだと信じたいです。


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