ゴーストライター

(2010年 / イギリス・フランス・ドイツ)

元英国首相アダム・ラングの自叙伝執筆を依頼されたゴーストライター。ラングが滞在する真冬のアメリカ東海岸の孤島に1ヵ月閉じ込められることと、締め切りまで時間がないことを除けば、おいしい仕事のはずだった。しかし、前任者のゴーストライターは事故で死んだ。ゴーストライターはラングの発言と前任者の遺した資料との間に矛盾を見出し、ラング自身の過去に隠されたもっと大きな秘密に気づき始める。

物を書くことの醍醐味とは

現在の職業に身を置く前は、ずっとライターをしていました。ライターと言ってもピンからキリまであるわけですが、僕が携わっていた業界は新聞と求人。前者は新聞社系列の編集プロダクションでテレビ局と連動した記事を書いており、後者は広告代理店の求人サイトに掲載する会社紹介文などを書いていました。両方とも(特に前者は)ライター個人の特徴を出さない淡々とした文章が是とされていたので、いわゆる小説とかエッセイといった自由度が高く個人の世界観を思う存分発揮できるものとはかけ離れたものでした。当然職場では「誰が読んでも公平な(要するに当り障りのない文章)」の書き方を叩き込まれるわけですが、感情を込めなければ難しくないと思いきや、これができそうでできない。何度書いても先輩から「主観が入っている」と注意され、原稿は朱まみれ。もともと本を読むのが好きで文章を書くのも好きなほうだったのですが、実に半年たっても戻ってくる原稿には朱が書き込まれていました。

そんな中、だんだんとですが、媒体の筆記規則に沿いつつ、自然と筆が進むようになってきました。これまでたった二文字の動詞を選び出すのにも難儀していたところ、資料を一読しただけで既定の文字数まですらすらと書けるようになってきたのです。先輩が入れる朱も少なくなってきて、白紙(朱なし)で戻ってきた時は自身の成長を実感でき感無量でした。その後、新聞特有の堅苦しい文章よりもっと自由な表現で物を書きたいと希望し退職。転職先の広告代理店では大学生向けの媒体を担当したことにより、読者数は少なくなったとはいえ、ターゲットとなる若者が抵抗なく読める文章を書くという、これまでとは違ったアプローチに大いに意欲が湧きました。その会社では4年ほど務めましたが、在職中、物を書くことは仕事ではなくもっと自分が楽しめる状況で勤しみたいと思うようになり、そこも退社。現在はライティングとは違う分野の職業に就いています。

「自分が楽しめる状況」とはいったい何なのかはいまだにつかめていません。ただ、見たもの聞いたもの、面白いと感じたことを思いついたままに書いて発表するという奔放な能動性という気安さがそれにいちばん近いのではないかと思っています。たとえば、このブログだってそうだし、もっと長い物語を書きたかったら懸賞に投稿して実力だめしをするのもいい。いまはツイッターという短文ブログもあることですし、自分のアイデアや思いつきを自分なりに表現し発表する場はいくらでもあります。さらに今後、インターネットがどんどん進化していくにつれ、新しいコミュニティーツールも生まれてくることでしょう。その中で、どのツールがより多くの人に共感を伝えることができるのか。トレンドをキャッチアップしていくリテラシーが求められることでしょうが、それでも情報の送り手と受け手は人間であることに変わりありません。人はどんな情報を得れば幸福になるのだろうか、またどんな情報が待ち焦がれているのか、そのツボをしっかりと抑えてしまえばどんな時代だってホットライターになれることでしょう。

さて、そんな願望を持った僕とは違った立場のライターもいます。それがこの映画の題材であるゴーストライター。もちろん映画では演技や演出が加えられているわけですが、彼らはあくまでも依頼人の代筆というポジションであるため、当然のこととして表に出てくることはありません。舞台の黒子と同じようなものなのですが、あたかも依頼人が書いたように見せかけないといけないので、これは大変な力量が必要となります。僕が編プロで新聞記事を書いていた頃とは比較にならないほどの取材力と観察力、そして文章力が求められることでしょう。しかし、ベストセラーになっても賞賛されるのは依頼人で、ライターではありません。拍手喝采を横目に、黙々と次に仕事に取りかかる(というイメージ)ので、僕みたいに自己顕示欲が強かったり構ってほしかったりする人では務まらないでしょう。つねに孤高でなければならないわけで。

この映画はまさに僕が思い描くゴーストライターそのものでした。前任者のゴーストライターが陰謀に巻き込まれ死を遂げ、その後任として主人公が登場する。依頼人のイギリス首相の人生について執筆していきながら彼の背後関係を洗いだし、いつしか事件の核心へと首を突っ込んでいく。クライマックスでは思わぬ展開に遭遇し、その場を離れるもあっと驚くラストを迎える。この間、彼を知る者は依頼者とその周辺以外にいません。そんな彼を包み隠すかのように、劇中、天気は一貫して悪く薄ら寒い情景ばかりを映しています。これがゴーストライターの人生なのか。趣味として気軽に思いついたままの物書き生活を送るか、それとも影に隠れつつも世間の耳目を集めるベストセラーを世に送り出すか。なんだか急に、朱まみれの原稿に悪戦苦闘していた時期が懐かしく思えてきました。


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