テルマ&ルイーズ

(1991年 / アメリカ)

ドライブ旅行に出掛けた平凡な主婦・テルマと中年ウェイトレスのルイーズは、道中で男を射殺して警察に追われる羽目になり…。

しがらみとうまく付き合うには

テルマ&ルイーズ

「しがらみ」という言葉を聞いて、プラスかマイナスどちらかのイメージを抱くかと言えば、圧倒的に後者のほうでしょう。おそらくほとんどの人が、拘束とか束縛といった全身が粟立つような強い嫌悪感を想起するものと思います。実際、しがらみには、まとわりつくもの、邪魔をするものといった意味があり、腐れ縁などと言い換えることもできます。このように、どう考えてもポジティブに捉えることのできない、しがらみ。身近な例としては、まったく飲めないのに会社の飲み会に参加しなければならない、町内会の会合に参加しなければならない、行きたくないのに学校に行かなくてはならない、などなど。もちろん自己都合のケースもありますが、しがらみに共通しているのは、みんながやっている、慣習としてそうなっているというように、無言の同調圧力をかけられること。参加を強制していなかったとしても、あとで人間関係に影響してきたり社会的立場を問われたりすることを考えると、嫌でもしがらみを脱ぎ捨てることができない。このしがらみがもたらす激しいストレスに苦しんでいるという人は相当数に上ると思われます。

では、どうすれば、しがらみからの苦痛を脱することができるのか。こうすれば確実にしがらみから解放されるという正攻法は、たぶんないでしょう。なので、ほとんどの人が無意識的に、どこか遠いところへ逃げてしまいたい、と思い浮かべます。会社も辞めて学校もフケて、カバンひとつで知らない街へ逃げてしまえば、これまで自分をがんじがらめにしていたしがらみからとは無関係になれます。もう解放感たるや、新鮮な血液が体内を駆け巡るのがはっきりわかるくらいの爽快さ。すれ違う人すべてに微笑みかけたくなったりして、自分はこの街で生まれ変われるんだという、舞い上がるような高揚感に包まれることでしょう。でも、地上の楽園が楽園であり続けるのは、ごく短い間だけ。取り払ったかに思えた過去のしがらみが形を変えて、再び彼に付きまとい始めます。その土地で根付いていくには、どうしてもしがらみからは逃げられない。たしかに、しがらみはマイナスイメージで語られることがほとんどですけれど、このしがらみがあるからこそ人々はつながり合い助け合っていけるのです。これこそが人間社会の本質。しがらみを面倒に思っていても、恩恵を受けているという面も存在するのです。

それでも、逃げ出したくなることはあります。根無し草のように知らない街を転々としながら、気の向くまま好きな仕事をして好きな人たちだけで会って好きなことだけしながら生活し、その街に倦怠感を抱いたら別の街に移り住む。そんな雲みたいな生き方をしてみたい。嫌なことがあってもその場に留まって受容するのではなく、その街に置き去りにして臭いのしない無関係なところまで逃げる。こんなに楽なことはありません。誰もが夢見ることでしょう。でも、本当にこんな生き方をしている人なんて実に稀でしょう。新しい街に逃げたとして仕事にありつけますか、地域の人と信頼関係を築けますか、その街に愛着を持てますか。誰だって、気づいているいないに関係なく、いま自分が住んでいる地域にしっかりと根づいて生きています。電車の本数が少ない、コンビニが少ない、大型スーパーまで遠すぎる、など不満はあれど、その街に生活の拠点を置いている以上、ちょっと気に入らないことが起きても即時退去なんてことはできません。誰だって、その地域のしがらみを受け入れバランスを取りながら生活している。もう15年近く東京に住んでいる僕もそう。理不尽なことが多くストレスが溜まりやすいですが、それでも東京、それもいま住んでいる街を離れるつもりはありません。

さて、この映画の主人公テルマとルイーズは、なぜ逃避行を続け、あのような衝撃的なラストを迎えることとなったのでしょうか。初めは、夫の体たらくに愛想を尽かせた2人が軽い気持ちで企画した小旅行だったものの、バーで出会った遊び人の男にテルマが強姦されそうになり、ルイーズが男を射殺。誰にも見られていないと踏んだ2人は車で現場から逃走したことで、状況が一変。その後、足がついたことを知った2人は、さらに車を走らせ、メキシコを目指します。その途中、スーパー強盗、タンクローリー車爆破など、もうあとには引き返せないほどエスカレートしていきました。理解のある刑事がいたためすぐに自首していたら刑は軽くなったかもしれない。早い段階で夫と和解していたら後戻りできないところまではいっていなかったかもしれない。でも2人には選択肢がありませんでした。なぜなら、2人は「戻る場所を失ってしまった」からです。戻る場所、もともといた場所、つまり、しがらみに付きまとわれる場所。そこに戻れば面倒なことはあっても守ってくれる人はいる。しかし、ルイーズの銃声とともに2人はしがらみを粉砕してしまった。同時に戻る場所をも喪失してしまった2人は、もう突っ走るしかなかったのです。

しがらみから解放されて放埒な自由を感じるのか、それとも意欲に満ちた自立を感じるのか。両者の人生とその結末がくっきりと分かれる分岐点であることに違いありません。


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