ランナウェイ・ブルース

(2012年 / アメリカ)

片足を失い不器用に生きる兄、ジェリー・リーと弟のフランク。ある日、ジェリー・リーが交通事故を起こし、兄弟はフランクの元恋人・アニーの下へ向かうが…。

気持ちの切り替えはバランスが大事

電車の中で吊り革につかまっているとき、夜眠れないまま横になっているとき、銀行で整理券の番号を呼ばれるまで待っているとき、気づかないうちに考え事をしていたということがしょっちゅうあります。そういうときの考え事って、たいてい自分にとって都合がよく痛快な冒険譚、サクセスストーリーであることがほとんど。普段は口答えのできない上司に正論をズバッと言ってひれ伏したり、公共の場で秩序を乱している柄の悪い連中を正義の拳でやっつけたり、誰も太刀打ちできない難解なプログラムも難なく組んでみせたり、現実の自分とはかけ離れたスーパーヒーローになっているってわけです。そのときの自分の顔見たことないですけど、おそらくニヤついてるんじゃないかと思います。たとえ鉄面皮を装っていたとしても、とても気分が良いってことだけは間違いありません。何かの拍子で楽しい考え事が立ち消え、現実に戻ると、途端に自分が悩まされていることを思い返します。そのとき実感するのが、考え事の原因はこれだったのか、ということ。

こういうのを、言うまでもないですが、現実逃避といいます。「逃避」というマイナスの意味を持つ言葉に引っ張られがちですが、必ずしも避けるべきことではないとする研究もあり、上手に付き合うことで逆に心を癒す効果をもたらしてくれるとのことです。現実逃避とは、一義的には、自らを現実世界から切り離して目を逸らすこと。でも実際には、置かれた状況から一時的に逃れ、充電するチャンスを与えてくれることで現実との戦いにまた飛び込んでいけるようにしてくれるもの。考え事に限らず、本を読んだり映画を観たりゲームをしたりすることだって現実逃避です。もちろん、限度はあります。でも、現実逃避を否定してストイックに現実のみと向き合っていると、よっぽど精神が図太い人でない限り、日々のストレスで早々に燃え尽きてしまうでしょう。その点、現実逃避が一種の清涼剤となって、「もうダメだ」という自分の感情から距離を置かせ、新鮮な気持ちで再び立ち向かえるようにしてくれる。これこそが脳に良い効果をもたらしているのではないかという研究結果もあるそうです。

この研究結果を裏付けているのが、「脳は現実と想像を区別できない」という前提です。現実と想像を区別しているのはあくまでも理性での話であって、脳それ自体は現実からも想像からも同じような刺激を受けているんだそうです。梅干しを想像しただけで唾液が出てくるのは、まさにこれ。理性では想像(イメージでの梅干し)だとわかっていても、脳が反応して唾液を出す命令を下す。本能ってやつですね。よく「本能のままに!」って行動を起こす人がいますけど、これって現実的な前提や論理的な根拠に基づいているケースはほとんどなく、心に浮かんだイメージのままですよね。そういうときって、すごくシンプルに楽しいはず。これをうまく活用すれば、ストレスのない生活を送れると考えるのは自然なことでしょう。だって、嫌なこと(現実)ばかり考えていて前進できますか。そもそも、嫌なことを何度も思い出しても、それに対する耐性がつくことはないんだそうです。現実と想像の区別がつかないことは、たしかにネガティブなことではありますが、その反面ポジティブな効果ももたらすことを知っておくことで、人生をうまく乗り切っていけるヒントになると思うのです。

さて、この映画ですが、簡単に言ってしまうと、兄が犯してしまった罪から兄弟二人で逃れるという話です。でも、なぜか悲壮感や逼迫感はありません。なぜなら、兄弟の想像力(この場合、妄想に近い)が強すぎるからです。弟が突飛な物語を作って、兄が漫画として書き下ろす。全編を通して実写と劇画が混在する中、観ている僕らも現実と想像の区別が薄れてきて、兄が車で少年を轢き殺したり、銃で足を撃って自傷行為をしたりするなどという展開の重さをぼかします。病院からうまく逃げおおせたり、民家から犬を盗んで逃避行に加えたり、弟が元カノと簡単によりを戻したり、両者にとって都合のいい展開がそれに輪をかけます。観る人によって印象は違うと思いますけど、僕は映画を観ながらその中で上映されている映画を観せられている気分にさせられました。論点がどこにあったのか掴みづらかったですが、きちんとコントロールしてこそ現実と想像が存在するんだなと実感させられた作品でした。


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