フライト

(2012年 / アメリカ)

フロリダ州オーランド発、アトランタ行きの旅客機が原因不明の急降下。ウィトカー機長は墜落寸前の機体を回転させ、背面飛行で緊急着陸に成功、多くの命を救う。だが、ある疑惑から、彼は一転して犯罪者として扱われてしまう。

依存症により増幅された贖罪意識

この映画について、単なる航空機墜落パニックものではないことは知っていました。一歩間違えれば乗客乗員全員死亡という大惨事になりかねなかった状況の中で、英雄的な判断と操縦で被害を最小限に抑えたウィトカー機長をめぐって展開される、法廷での激しいやり取りがメインに描かれるのだろうと思っていました。しかし、この映画の主題はそのどちらでもなく、アルコール中毒と薬物依存に苛まれているウィトカーの内面をえぐり出すという重厚な人間ドラマだったのです。数百人の乗客の命を預かる立場にありながら、一旦タラップを降りると浴びるように酒を飲みコカインを摂取する。それでいて操縦スキルは超一流なので、離陸や乱気流など厄介や場面を乗り切ってしまえば、客室乗務員に酒をせびり、あとは副操縦士に任せて居眠りしてしまう。冒頭でこういうシーンを見せられれば、法廷ものを想像してしまうというのも無理なかろうというものです。

それはさておき、航空機のパイロットに限らず、大型船舶や鉄道、バスといった何十人、何百人単位の乗客を乗せる乗り物を運転する人に課せられた服務規定は相当厳格であるはずです。なにせ、たった一瞬の判断ミスで大勢の乗客を死地に追いやることになってしまうわけですから、ちょっとでも酒臭かったり寝ぼけまなこだったりする人に任せるわけにはいきません。なので当然、規程は「厳格であるはず」でなく「厳格でなければならない」のです(言うまでもなく、一般車両についても同じです)。

この飲酒制限についてですが、各業界で規定にばらつきはありますが、少しでもアルコール反応が出たら運転させないという罰則は同じ。まずバスやタクシー。日本の道路交通法ではアルコールの呼気に含まれる量が0.15ミリグラム(世界的には0.25か0.35なので厳しい)だとNGなのですが、各会社でアルコールチェッカーを使用しているところが多く、一度反応すると謹慎処分、二度目だと即解雇となるそうです。この反応するかしないかの基準ですが、寝る前にビール少々程度だといいますので、晩酌に焼酎一杯なんてやると即アウトでしょう。次は航空。こちらはパイロットおよび乗務員はフライトの12時間前より飲酒を禁じているところが多いとのこと(以前は8時間)。ただ、アルコールチェックは念入りに行なっており、たとえ24時間前の飲酒であっても基準値を超えていれば刑事事件の対象となります。なお、船舶に関しては小型船舶には禁止事項がありますが、20トン以上の船舶に飲酒運転の規定はないのだそうです。ただし、飲酒で事故を起こすと車より罪は重く海難審判にかけられるとのことですが。

というわけで、航空機や船舶、バスなど旅客を乗せる乗り物の運転手になりたいのであれば、酒を飲むことを自制できることが条件になってくると思います。一般企業に務めるサラリーマンのように、腹立たしいことがあったら平日にも関わらず潰れるまで飲んでも自己責任で済む場合もあることにはあります。しかし、運転手の場合はそうもいきません。酔いつぶれて翌日出勤したら即解雇あるいは逮捕の可能性だってあるのですから。

運転手を採用する時はその人が下戸かどうか調べればその問題は解決するかもしれませんが、そう簡単にもいかないでしょう。酒を飲む動機というのは、単に嗜好的なものもあれば、職場や家庭でのストレスやジレンマが原因で飲めなくても手を付けてしまうことだってあるわけです。ウィトカーはその両方を抱えていました。しかも、その両方が極端なベクトルをもって彼を悩ませていたのです。一方では英雄的行為を賞賛されながら、もう一方では時間が経つごとに浮き彫りになってくる自らの贖罪意識に押しつぶされそうになる。最後、彼がどんな決断をするのか。緻密な脚本と演技力が光る、観応えのある映画でした。


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