グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち

(1997年 / アメリカ)

天才的な頭脳を持ちながら幼い頃に負ったトラウマから逃れられずにいる一人の青年と、最愛の妻に先立たれ失意に喘ぐ心理学者との心の交流を描く。

ぶつかり合ってこそ生まれる信頼関係

主人公のウィルは大学の清掃員のアルバイトしてをしている、いわゆる社会の底辺に属する青年ではあるのですが、記憶力が抜群で高度な数学の問題も即座に説いてしまうという才能を持っています。彼は自身の才能に気づいてはいるものの、気の合う仲間たちと一緒に酒を飲んでバカ騒ぎしたり、気に入らないやつを見かけると途端に喧嘩をふっかけたりする生活に満足していて、社会に出て自分自身を試そうとすることをひたすら拒否しています。若者特有のニヒリズムなのか単なる無気力なのか、彼は世の中のすべてを厭世的に捉え、たとえ大きなチャンスがすぐ手の届くところにあるとしても、まるで興味を示さずそっぽを向いてしまいます。それは、彼にとってアルバイトで小銭を稼いで仲間たちと騒いでいる毎日のほうがずっと楽しいからでしょう。誰も彼の生活を咎めず、誰も彼の態度を改めようとしない。ただひとり、親友のチャッキーだけは「お前がいつまでもこんな仕事をしていたら俺はお前を本気で許さない」と釘を刺しますが、少しは反省するものの、完全に心を入れ替えるまでには至りません。しかし、そんな彼も、2人の人物との出会いによって自らの生き方と向き合うことを始めるのです。

さて、この映画のキーワードはやはり「信頼関係」だと思います。その信頼関係ですが、これには2種類あると言われています。ひとつは「仲が良くて気が合い、お互いが接していて楽しい、居心地がいいと感じられる関係」。これは学校の友だちや共通の趣味で知り合った仲間など、どんなことでも笑い合え、一緒にいてとても心が落ち着く間柄と言っていいと思います。もうひとつは、「相手が傷つくことであっても正しいことは恐れずに伝え、誤りや品行を正し人間として成長していける関係」。こちらは友だちというより、学校の先生や道場の師範、会社の上司など、立場的に上の人から厳しい指導という洗礼を受けながら醸成されていく心の拠り所のような存在に近いですね。言うとなれば、前者が楽しさを優先としたなあなあの関係であり、後者が人生の起伏を教え合うスピリチュアルな関係。どちらが自分にとって充実しているかは人によって捉え方は異なるはずですが、そのどちらにも共通しているのが「互いに相手のことを思って自由にコミュニケーションでき、互いに心がつながっている」と感じられること。これこそが人と信頼関係を築く上での前提となるのです。

ウィルが出会った2人の人物とは、ナンパしたハーバード大の女学生スカイラーと、保護観察のため紹介された心理学者のショーン。この2人は、いままでつるんでいた仲間たちとは違っていました。スカイラーはしっかりとした将来の夢を持っており自分の意見も持っている。ショーンはウィルの深い心の闇にいち早く気づき、最愛の妻を亡くした自身の過去を引き合いに出しながらウィルの心を開こうとしてくる。そんな彼らと接している時のウィルは、いつものように調子に乗って持論をまくし立てているだけでしたが、明らかに戸惑っていました。やりづらかったり居づらかったりするのとは違う、これまで自分の隠れた才能でやり込めてきたどの相手とも違う、まったく見たこともない地球外生命体と対しているような戸惑いに包まれ、彼の閉ざされた心は次第に丸裸にさせられていくのです。

信頼関係を築くのにもっとも重要な要素として、以下の3点が指摘されています。ひとつ目は「自己開示」で、自分をさらけ出すことで相手への警戒心を解くことができ、相手も心を開きやすくなるということ。ふたつ目は「自分自身を信頼すること」で、自分の殻に閉じこもってしまうと相手も嫌われているのかという詮索をしてしまうため、相手に一歩でも近づけるよう自分を信頼し自分を信じるということ。3つ目が「相手の大切なものを大切にすること」。相手に興味を持ち相手を認めることで、相手の良いところを褒める努力をすれば、相手も心を開いてくれるということです。

ウィルは次第に自分自身のことを語り始めるようになりました。スカイラーに対しては、どうしても本気で彼女のことを思っていると伝えることができなかったのですが、スカイラーの直情的な性格にすべてを委ねたり口喧嘩しているうちにウィルは素直になっていきます。そして、ショーンに対しては、それまでの相手を打ち負かさんとする挑発的な物言いが鳴りを潜め、だんだんと自分自身の過去について話し始めます。やがて、自分の心の中の最も醜い部分をさらけ出すようになり、それこそがウィルをいままで束縛していた元凶であったと彼自身知るのです。このように、スカイラーとショーンとの間に芽生えた信頼関係は、上記の信頼関係三原則なるものと必ずしもすべて一致しませんが、特にウィルのような暗い過去を抱えている人にとっては、相手から理解されることが何よりも重要で、本当に頼れる味方ができたと安心できることが何よりの精神安定剤なのです。そして、心の闇を乗り越えた人はこれまで持ち得なかった感情の奔流に呑み込まれます。それは涙であり、愛情であり、将来を信じられる意志であるのです。随分前に観た映画でしたが、今回何年経ったあと観返してみても感動とともに新たな気づきを得られました。それはきっと、僕自身が信頼関係に飢えているからなのでしょう。ストーリーに心動かされるだけでなく、自分自身を見つめ直すきっかけともなる素晴らしい映画だったと思います。


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